志末与志著『怪獣宇宙MONSTER SPACE』

怪獣monsterのコンテンツを中心に興味の赴くままに色々と綴っていくブログです。

戦国時代

「松田氏家蔵古文書」所収畠山稙長感状の年次比定について

近日、『大阪の歴史』96号にて「【史料紹介】宮内庁書陵部所蔵『久留米諸家古文書』所収「松田氏家蔵古文書」」が掲載された。詳しくは同論文に譲るが、この「松田氏家蔵古文書」は細川氏綱・十河一存に仕えた松田守興およびその子孫の受給文書が中心で、守…

三好にまつわる小話集④

monsterspace.hateblo.jp monsterspace.hateblo.jp monsterspace.hateblo.jp 篠原長房と十河一存の因縁 『昔阿波物語』 一、上方より名人の兵法人式部と申人罷下、孫四郎師匠として兵法の稽古被成候、又阿波の国ハ内藤太郎兵衛と申人、新当流を教へ申候ニ付…

三好にまつわる小話集③

monsterspace.hateblo.jp monsterspace.hateblo.jp 三好宗渭の夜中の激痛 『半井古仙法印療治日記』 一、三好下野入道釣閑斎、腎積常ニ有、一両月発テ大痛ヲナス、灸・針・薬種々治スルニ近日験ナリ、然トモ日中ハ不痛、夜半次後必痛ヲ成、諸医治スレトモ終…

三好にまつわる小話集②

monsterspace.hateblo.jp 篠原長房毒殺未遂 『半井古仙法印療治日記』 一、篠原右京進、中冬中比至尼崎、俄吐逆一両日不止、全身力抜、手足一向如無骨、食之近辺ニ有ヲ見テモ嘔吐ス、腹痛時有、草臥無正体、 其刻拙者田舎ニ候テ脈不見、歴々医者替々療治スル…

伊丹忠親の初見と仮名「八郎」

以前、摂津伊丹氏は永禄末期に親興(貞親)から忠親に代替わりしており、両者が別人であること、よって永禄末期以降の伊丹氏当主を親興とする記述は誤りであると書いた。monsterspace.hateblo.jp 詳しくは記事を読んでもらいたいが、その中では永禄9年(1566…

三好にまつわる小話集①

戦国時代や戦国武将は歴史コンテンツの中でも根強い人気がある。例えば、NHKの大河ドラマは2026年放送予定の『豊臣兄弟!』までで65作品あるが、うち24作品が戦国時代を扱うか人物の生涯が戦国時代に被っている。当然のように扱われる時代としては最多だ。そ…

天野忠幸編著『摂津・河内・和泉の戦国史』(法律文化社)の感想

天野忠幸氏といえば、三好史研究の泰斗で一般書も精力的に出されており、近年でも『室町幕府分裂と畿内近国の胎動』や『三好一族』などを著されている。とりあえずはこの2冊で近年の研究成果を一般に普及できたかなと思っていたところ、法律文化社歴懇舎がこ…

内藤国貞の娘(内藤貞勝・貞弘(如安)の母)―丹波守護代家継承の中核

本記事で取り上げるのは内藤国貞の娘にして内藤宗勝(松永長頼)の妻、内藤貞勝・貞弘(如安)兄弟の母にあたる女性である。いきなり長々しい形容ばかりだが、この女性は名前がわからない。実名がわからないのはもちろんのこと、法名も不明で、史料上に特定…

『兼右卿記』に記された年齢まとめ

歴史上の人物の説明として生没年は基本的事項となる。いつ生きていたかによって、その人物が関わる人物や事件の評価が変わってくることもままある。例えば、「北条早雲」として知られる伊勢宗瑞はかつて永享4年(1432)誕生とされてきた。この通説に従うと、…

徳島城博物館・特別展「阿波戦国絵巻―細川・三好・長宗我部・蜂須賀―」

三好長慶生誕500周年であった令和4年も終わり催し物も一段落、と思ったところで大ネタが飛び込んでまいりました!徳島城博物館の特別展「阿波戦国絵巻―細川・三好・長宗我部・蜂須賀―」でございます。思えば、長慶生誕500周年の去年に色々あったのは全て大阪…

山田康弘『足利将軍たちの戦国乱世』(中公新書)の感想

近年は畿内戦国史の研究進展が著しく…と毎度言っている気がするが、実際そうなのだから仕方ない。また、日本中世史ブームというのもあり、界隈での狭い話かと思いきや、徐々に世間的な注目も集まってきているようだ。今回発売され、紹介する山田康弘『足利将…

「千勝」は誰の子か?―丹波守護代家内藤氏継承再考

先ごろ『戦国武将列伝 畿内編【下】』が出版された。以前述べたようにこうした本が出ること自体が画期的だったが、それ以上に各執筆者がここぞとばかりにあまり知られていない史料や独自の解釈を開陳していき、その画期性は想定以上だ。そうした中で一つ気に…

令和5年春の博物館めぐり

4月28日に1日かけて各所の博物館をめぐってきた。本来なら一館ごとに記事を書くべきなのかもしれないが、それぞれの展示はそこまで大規模なものでもなく、かと言ってTwitterあたりで感想を書くにはやや長くなりそうなので、一つの記事にまとめてしまうことに…

遠藤ゆり子・竹井英文編『戦国武将列伝1 東北編』(戎光祥出版)感想

戎光祥出版さんが織りなす戦国武将列伝シリーズ。畿内編・四国編では私にも馴染みがある戦国史研究の成果が反映されており、その画期性には身を以て瞠目できた。その一方、畿内や四国から離れ、織田信長や豊臣秀吉のように一般的にもメジャーではないところ…

遊佐信教の初見文書

天野忠幸『三好一族』は三好氏に関する令和3年段階での情報量をまとめあげた一冊である。それゆえにあまりな馴染みのない情報も多々あった。今回取り上げる以下の文章もその一つ。 三好氏も、三好実休が遊佐信教に対して、順慶に意見して三碓庄(奈良市)を…

新谷和之著『図説 六角氏と観音寺城 〝巨大山城〟が語る激動の中世史』のススメ

近年織田信長の先駆者として三好長慶の再評価が進むどころか、かなり一般に定着している趣さえある。実に喜ばしいことだが、畿内戦国史は京都の西だけで成り立っていたわけではない。三好政権の評価が進むほど、三好サイドではない側面もまた重要なものとし…

『小学館版学習まんが 日本の歴史8 戦国大名と織豊政権』がスゴイ!

学習漫画というジャンルがいつからあるのかはよく知らないが、児童向け、あるいはもう最近は大人向けでも、学問内容や自身の主張を漫画化する手法は一般的になっている。文字ばかり並んでいるのにうんざりする人間でも漫画なら読めるし、漫画技術も発達して…

天野忠幸編『戦国武将列伝7 畿内編【上】』(戎光祥出版)感想

戦国史研究。戦国時代は日本の歴史上人気が高い時代の一つだ。摂関藤原氏や執権北条氏を誰一人知らないような者でも、戦国武将を一人も知らないのはまずあり得ないと言っていいほど、現代に生きている者にとって戦国時代のコンテンツは日常にある。中世から…

堺市博物館・特別展「堺と武将 三好一族の足跡」

今年は三好長慶生誕500周年!それに合わせてこの秋も色々と企画が目白押しでしたが、博物館展示として現状のトリを飾ることになったのが堺市博物館・特別展「堺と武将 三好一族の足跡」!10月29日から12月11日までの開催となっております。 www.city.sakai.l…

大東市立歴史民俗資料館・特別展「三好長慶と大東市の中世―飯盛城はそのとき―」

今年は三好長慶生誕500周年!ということで、この秋は博物館展示やイベントが目白押し!9月23日から始まっている高槻市しろあと歴史館の特別展「戦国武将 三好長慶―生涯と人々―」に続く形となったのが、大東市立歴史民俗資料館・特別展「三好長慶と大東市の中…

永禄3年後半から永禄4年前半の内藤宗勝(松永長頼)・貞勝父子

松永久秀は戦国武将でも知名度を誇る人物の一人だが、彼には有力な弟がいた。松永甚介長頼というのがその弟である。長頼の存在は長らく久秀の影に隠れていたが、今谷明氏が畿内戦国史研究を本格化させた中で注目され、その軍事的才覚が評価されることになっ…

高槻市しろあと歴史館・特別展「戦国武将 三好長慶―生涯と人々―」

今年は三好長慶生誕500周年!しかしまあ三好氏ってまだまだマイナーな存在だし、生誕500周年だからと言って何かあるものでも…と思っていたら、秋から各所で三好氏にまつわる博物館展示や講演イベントが目白押し!まだまだ世間ではマイナーどころか、こんなに…

香西元成禁制に記された弘治年号

近頃、森脇崇文「戦国期阿波守護細川家関係者「氏之」の素性について」(徳島地方史研究会『史窓』52号、2022年3月)が発行された。かつては「細川持隆」として知られていた天文期の阿波守護細川家(讃州家)の当主が実際に使用した実名が「氏之」であること…

安土城考古博物館・春季特別展示「戦国時代の近江・京都―六角氏だってすごかった!!―」

安土城考古博物館・春季特別展示「戦国時代の近江・京都―六角氏だってすごかった!!―」を観に行ってきました。 azuchi-museum.or.jp 六角氏の最新研究を詰め込んだ『六角定頼』が発売されて早3年!ようやく博物館展示でも六角氏をテーマにしたものが現れまし…

芥川孫十郎は三好一族か?

高槻市では昨年よりBOTTO高槻の企画の一環として「マニアック武将印」というのをやっている。高槻市に所在する芥川城(芥川山城)は三好長慶が居城としていたこともあり近年注目が集まっている。その芥川城に在城していたマニアックな武将たちを武将印にして…

石井伸夫・重見髙博・長谷川賢二編著『戦国期阿波国のいくさ・信仰・都市』(戎光祥出版)の感想

四国東部の戦国史は常に畿内のそれと不可分な関係にあった。畿内で力を持った細川氏・三好氏は四国東部を勢力としていたし、織田信長も三好氏との関係を一つの軸として四国情勢に関与・介入した。一方で、畿内権力の研究が様々な角度から切り取られて進展し…

永禄末期以降の摂津伊丹氏の当主は伊丹忠親である

いやもうタイトル通りです。永禄末期以降の伊丹氏当主は伊丹忠親であって伊丹親興ではない。足利義昭の幕府に従っていたのも伊丹親興ではなく伊丹忠親である。元亀の争乱で戦ったのも伊丹親興ではなく伊丹忠親である。荒木村重によって伊丹を奪われ没落した…

「元関白・九条禅閤稙通、塩川長満の居城にあらわる!」の御紹介―稙通公記紙背文書「発見」の意義

先日、「松浦光―和泉国の戦国大名」に情報提供をいただいた。 monsterspace.hateblo.jp それを聞いて驚いた。永禄11年の九条稙通の動向を示す文書があるという。shoryobu.kunaicho.go.jp それが上記リンクの天正13年(1585)の『稙通公記』の紙背に残された…

結城忠正の出自について

結城忠正は松永久秀の重臣として、そして畿内の最初の日本人キリシタンの一人としてよく知られる。彼についてはそれ以上の情報があまりなかったが、近年木下聡氏が奉公衆結城氏の検討を進める中で忠正が奉公衆結城氏の系譜を継ぐことが明らかになった(「奉…

松永久秀が病状を悲嘆した「殿」は三好長慶か?

先日発売された『三好一族』は著者天野忠幸氏本人の研究の集大成という側面だけではなく、三好氏にまつわる最新の研究動向をふんだんに取り入れたものとなっている。その一つとして、村井祐樹氏による松永久秀書状の再評価も取り上げられている。問題になっ…