志末与志著『怪獣宇宙MONSTER SPACE』

怪獣monsterのコンテンツを中心に興味の赴くままに色々と綴っていくブログです。

『小学館版学習まんが 日本の歴史8 戦国大名と織豊政権』がスゴイ!

 学習漫画というジャンルがいつからあるのかはよく知らないが、児童向け、あるいはもう最近は大人向けでも、学問内容や自身の主張を漫画化する手法は一般的になっている。文字ばかり並んでいるのにうんざりする人間でも漫画なら読めるし、漫画技術も発達しているので、文字面のみよりも教育・扇動効果は間違いなく大きい。
 そして学習漫画の中でも歴史は大きなウエイトを持つ。歴史の流れは単なる公式や実験ではなくそれ自体が大きな物語でもあるから漫画とも相性が良い。実際に小学生の頃に読んだ学習漫画が歴史ファンの入り口となった人も多いのではなかろうか。
 それだけに学習漫画は児童・学童の歴史観や知識形成に大きな影響力を持つ。個人的な話になって恐縮だが、私が小学生の頃に学校図書館で読んでいたのは小学館の「少年少女日本の歴史」シリーズだった。そのうち9巻「立ち上がる民衆」では前半が足利義持・義教の治世で、当然教科書には全く記載がなかった鎌倉公方足利持氏関東管領上杉憲実についても知ることができた。現在に至るまで鎌倉府に興味があるのは間違いなくこの学習漫画永享の乱を扱ってくれたからだ。こういう風に学習漫画に何が書かれているのかは「常識」の形成にあたって無視できない。
 畿内戦国史がマイナーかつ手を突っ込んでもよくわからないと言われることが多いのも極論、学習漫画で上手く取り上げてくれていないという事情も大きい。応仁の乱の後は各地の戦国武将列伝のような構成が続き、畿内に帰ってきたと思ったら室町幕府は形骸化していて細川氏下剋上した三好氏を下剋上した松永久秀足利義輝を暗殺して、織田信長が上洛してきてしまう。応仁の乱から織田信長登場まで畿内は飛ばされてしまうのだ。これでは「常識」の形成もしようがない。
 一方で歴史像というものは絶えず更新され続けていて教科書の内容も徐々に変わっている。それに合わせるように近年でも通史的学習漫画は様々な出版社から出し直され、内容に更新があったりなかったりしているようだ。小学館歴史学習漫画といえば、私も馴染み深い「少年少女日本の歴史」シリーズがあったが、このたびいよいよ新しいシリーズに切り替わることになったようだ。
 特にいちいちチェックする気もなかったのだが、Twitter上ですごいらしいという話を見聞したのであわてて買ってきた。早速読んだ。こっ、これは…

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 まずは目次を見てほしい。

第1章 戦国時代の到来 
 第1節 足利将軍家の分裂 -細川政元と「明応の政変」-  
 第2節 細川京兆家の分裂 -政元暗殺-
 第3節 北条早雲の台頭

第2章 変わりゆく勢力図 
 第1節 続く畿内の動乱 
 第2節 ヨーロッパとの出会い -銀と鉄砲・キリスト教- 
 第3節 「天下」への道 -三好長慶の躍進- 

第3章  織田信長と「天下布武」 
 第1節 桶狭間の戦い
 第2節 将軍暗殺と信長の上洛 
 第3節 信長の天下と本能寺の変

第4章 豊臣秀吉と「天下統一」 
 第1節 信長の後継者
 第2節 豊臣の平和と「唐入り」

 第3章と第4章は一般人でも見覚えがあるだろうが…第1章と第2章!?将軍家分裂~細川家分裂~動乱~三好長慶による「天下」が戦国時代のメインストリームになっている!?応仁の乱織田信長登場の間が地方大名列伝ではなく、中央である畿内の動向でちゃんと歴史が埋められている!近年の畿内戦国史の解像度の高まりは目覚ましいが、学習漫画レベルでも取り入れられるほどだったのか!我ながら驚きを禁じ得ない。
 実際の内容もすごいですよ。とりあえず畿内戦国史関係のトピックを箇条書きにしてみましょう。

 どれも研究史を読み込んでいないとこうはならない描写ばかりで、正直畿内史部分は1ページごとに二度見できる。初めて知った、ではなくあの内容が学習漫画になっているという衝撃。
 メインストリームは畿内戦国史で構成されているが、地方への目配りもきちんと考えられている。伊勢宗瑞(北条早雲)の立身は明応の政変と関係させる形で始まるし、長尾為景関東管領上杉顕定を討つ「下剋上」も為景がこの頃京都に復帰した足利義稙細川高国と連携していた事情が挟み込まれる。伊勢宗瑞と長尾為景の子孫の争いも関東管領職をめぐるものとして描写されていて、古河公方の存在こそオミットされてしまったが、彼らはあくまで室町的秩序の残滓の中で勢力を広げ争い合ったことになっている。畿内戦国史と連動させる形で関東の戦国が描かれる。
 畿内戦国史はカオスというイメージが先行していて、過去の学習漫画が戦国時代の畿内をスルーしてご当地大名列伝のようになっていたのも致し方ない部分もあったが、畿内を中心に据えつつどう地方を描いていくかという課題への一つの答えがすでに示されているのである。令和4年にいきなりこういう代物が出てくるとは思わなかった。
 ただし、もちろん万全というわけではない。畿内戦国史はやはり展開が早いので、出てきたと思ったらもう出て来ない木沢長政など中途半端な扱いに終わった者もいるし、「天下布武」は幕府再興という新説が採り入れられた織田信長にしろ上洛後に義昭による副将軍任命を拒否し義昭傀儡化を図ろうとし、信長包囲網の黒幕が義昭であるところは旧説まんまである。三好長慶が足利将軍を相対化し独自の「天下」を築いたことまでは入っているが、次の瞬間には義興や弟たちが死んで斜陽が始まっており、都市や流通の掌握といった面は織田信長パートに入ってしまった。信長でまるまる第3章を取っているようにやはり新しい政権という部分は信長にまとめて入れた方がやりやすいのだろう。こうしたところは最新研究を採り入れるのとわかりやすさとのバランスが課題として残った部分と言える。
 話は変わるが、三好一族の漫画キャラ化は今回かなりいい線行っていると思っている。強そうだし下層民と付き合っても違和感なさげな気だるさもあり、こいつが威張ってたら絶対ムカつくと思える三好之長。自信にあふれていて自分の正義に確信があり、剃髪しても全然反省してなさそうな生意気面の三好元長。長慶はイケメン天下人で、逆に言えば面白みがないが、之長・元長のビジュアルは面白い。あと三好一族ではないが、淡路守護細川尚春が人の良さそうな笑顔の持ち主でなかなか魅力的です。
 最後に単純に気になった点をいくつか。

  • 2つの将軍家に属する大名たちのカットで義稙陣営に畠山尚順がいない。義統はいるのに…
  • 三好長慶の天下掌握図で大和だけ色が塗られていない
  • 長慶死後の三好家中と人名の対応が無茶苦茶。松永久通が誰を指しているのかよくわからないし、三好宗渭扱いされている人がこの後にずっと三好長逸として出てくる
  • 出家してるはずの人物でも基本的に俗体として登場する(前田玄以が俗体姿デフォなのは貴重かもしれない)

 以上のように、いきなりなのにもうここは完成形じゃん!という部分と、改善の余地がある部分とが共存している。いやーでも…いいなあ。現代の子供はいきなりこれが読めるんだな。何もない所から歴史像を積み立てた今の大人世代とは違って、畿内戦国史ってここでこの人が出て来てこういう流れなんだろ?が基礎教養になるのか。こうなると同じ歴史を見ていても発想の根本も変わってくるはずで、どういう歴史像・歴史観を紡いでいってくれるのか、楽しみでしかないですね。

PS 別の話だが山川出版社は編集協力でこれだけの仕事をできるのなら自前の教科書の記述ももっと進展させられるのでは…。