志末与志著『怪獣宇宙MONSTER SPACE』

怪獣monsterのコンテンツを中心に興味の赴くままに色々と綴っていくブログです。

「ウマ娘 プリティーダービー」はじめました

 年初以来ウマ娘 プリティーダービー』というコンテンツが爆発的に流行っていることは知っていた。しかしあまり興味がなかった…と言うよりも、興味を持てる環境になかったと言うべきか。9月まで持っていたスマホはもう4年目で入手当時はそれで良かったのかもしれないが、容量が16GBしかなく当然容量はカツカツになっていた。『ポケモンGO』は基礎教養的に入れていた(そもそも持ち運びしてないと歩数溜まらないしね)ものの、アプリの更新があるたびにアプリ消去→再ダウンロード・再ログインでやり直すのがデフォなくらい容量に余裕がない。以前のスマホをサブ的に使ってもいたがこちらも老朽化激しく、『ポケモンマスターズ』は古いほうに入れていたのだがたびたびアプリが落ちてほとんどまともにゲームできない様子が1年以上続いていたのだった。かかる状況ではちょっと興味がある程度では新しいソシャゲをダウンロードするのは物理的に不可能だった。そういうわけでここ数年Twitterを眺めて、流行りのゲームが観測されても「じゃあ手を出すか」とはならなかったのだった。
 それを抜きにしても元来の性向として擬人化もとい美少女化コンテンツに生理的に馴染めないものを感じていた。何でもかんでも美少女にしてしまうのはあまりに安易ではないか。何より、この手のゲームは男の主人公に他は女の子ばかりというのが、男に都合が良すぎるきらいがあって何だかな。ぶっちゃけこの手のプレイヤーの分身である自分に都合が良すぎる設定や環境は、それは魅力的な「理想」に過ぎず、非現実的なものを見てしまうのだ。私はギャルゲーとか基本的にやらないので免疫もないし、せいぜい『パワポケ』で彼女攻略に勤しんだくらいか。しかし『パワポケ』は野球ゲーム(一応)だし、女の子ばかりというわけではなく、そもそも彼女攻略してるはずがいつの間にか超能力バトル(野球は…?)していたりするので、男にご都合主義的な設定・環境はあまり感じなかったのだった(攻略失敗した場合のバッドエンドが強烈なのもご都合主義感を弱めている一因かもしれない)。
 はい、ここまでが前振りです。

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令和3年(2021)の日本プロ野球

 今年は「コロナ禍」がある種日常になっていったような年で、プロ野球も改変があったりしたのだが、オリンピック期間を除けば、おおよそ通常通りにシーズンを消化して、昨年のような何だか変なものを見ているという感覚は薄れた。選手にコロナ感染者が出て、試合が立ち行かないこともあったが、それももはやルールの範疇で、慌ただしさはなかった。大きく変わったのは、試合が9回打ち切りで固定化したことだが、延長がないというのは思ったより見やすい。いつまでも遅い時間まで付き合わなくていいし、緊張感がないことは逆に観戦のストレスも軽減するということである。日本シリーズ終戦は延長ありで11時まで試合をやっていたが、逆に日本シリーズならではの特別感もあって良かったと思う。

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松永久秀が病状を悲嘆した「殿」は三好長慶か?

 先日発売された『三好一族』は著者天野忠幸氏本人の研究の集大成という側面だけではなく、三好氏にまつわる最新の研究動向をふんだんに取り入れたものとなっている。その一つとして、村井祐樹氏による松永久秀書状の再評価も取り上げられている。問題になっているのは「柳生文書」に入っている松永久秀から石成友通に宛てた書状2通(日付は6月22日と23日で連続している)。その中で久秀は「殿」の病態に触れ、それを深く憂い、生き延びてほしいと述べつつ、亡くなった時の覚悟について友通に相談している。天野忠幸氏はこの書状で話題になっている「殿」を三好義興とし、久秀が義興の病状を深く心配していることから、久秀による義興の毒殺説を否定された。ところが、村井氏は「殿」は三好長慶であり、一次史料ではほとんど窺えない長慶の死の直前の状態を語った文書とする。どちらにせよ、久秀が病状を憂慮しているのは三好氏の当主なので、久秀の下剋上を否定する文書なのは間違いない。
 私としては長年(と言っても5年くらいか?)天野氏の説明に馴染んできたこともあって、村井氏の新説には「なるほど!」と「そうか?」が入り混じる気持ちである。そこでこのもやもやに一定の結論を出すべく村井氏の論文を取り寄せてみた。村井祐樹「三好にまつわる諸々事―『戦国遺文 三好氏編』より―」(『東京大学史料編纂所紀要』31、2021年3月)がそれである。ちなみにこの『紀要』はそのうち大学図書館に入ると思ってたので静観していたのだが、11月現在未だ入っていない。何でだろうか。

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木下昌規『足利義輝と三好一族―崩壊間際の室町幕府』(中世武士選書・戎光祥出版)の感想

 昨年、木下昌規先生は『足利義晴畿内動乱―分裂した将軍家』を上梓された。その時は「義晴で一冊が出るとはすごいなあ。でも義晴の死後や評価について書かれていないなあ」などと思ったものだったが…。後から思うと迂闊だった。まさか足利義輝本を用意されていたとは!続編企画がすでに動いていたからこその義晴本だったのか!

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 流石は戎光祥出版さんの中世武士選書…油断も隙もない。
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 しかし足利義輝足利義輝と三好一族か!また切り込んできましたな!
 足利義輝は毀誉褒貶の激しい将軍である。足利義輝研究史上ではそこまで重視されて来なかった将軍で、剣豪将軍的レッテルが独り歩きしていたと言える。そうした中天野忠幸氏が精力的に三好氏研究を進められる中で、三好氏の画期性を強調される中で、足利義輝は中央政権の主宰者としては不適格と見なす記述がなされることになった。今でもこうした理解は根強い。これを受けてか、足利義輝の再評価、評価の上方修正が幕府研究者からはなされるようになった。曰く、三好氏は足利将軍ポジションに取って代わったとは言えない、足利義輝の幕府は中央政権としての機能を果たしていたなど。永禄の変についても三好氏による討幕といった天野説は後退し、実際に行われたのは御所巻であるという評価に落ち着いてきている。三好氏に凌駕される足利義輝像は現在の研究水準ではそのまま成り立たないと言えるだろう。
 ところが、現在見るところ三好氏研究による義輝像と幕府研究者が描く義輝像は微妙に交わっていない。天野氏による足利義輝評価が辛いのは事実だが、一つ一つの事象がなくなるわけではない。例えば、永禄改元の不通知や義輝に朝廷への参内があまり見られないことは否定されようもない事実のはずだが、幕府研究者による義輝評ではただスルーされてしまっている*1。同様に幕府研究者による義輝幕府評価や永禄の変御所巻説は説得的な部分もあると思えるが、天野氏の著書にそうした要素はあまり反映されていない。お互い有益な指摘はしているのだが、お互い都合の悪い部分はスルーしてしまっているきらいが見えるように感じる。

*1:山田康弘『足利義輝・義昭』のことである。最近では『戦国乱世の都』での馬部隆弘氏担当パートでも永禄改元がスルーされており不審があった

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三好氏居所集成・三好康長編

 『織豊期主要人物居所集成』の三好氏版。Twitterで毎日連載していたが、実休・存保(義堅)に続きこれまた記事として典拠付でまとめておく。

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  • 三好康長の系譜上の位置
  • 三好康長の活動経歴(1)~阿波三好家重臣
  • 三好康長の活動経歴(2)~三好三人衆方として
  • 三好康長の活動遍歴(3)~反織田信長勢力として
  • 三好康長の活動遍歴(4)~織田家重臣として
  • 感想・気付き
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兵庫県立美術館・特別展「ハリー・ポッターと魔法の歴史」

 Twitterでもあんまりアピールして(できて)いないが、私はハリー・ポッターシリーズにドハマりしていて、今でも1年に何回か突発的に全巻読破するくらいには愛着を持っている。まあ私と同世代±5~10歳くらいの人はだいたい皆ハリー・ポッターが好きだと思う。別に私個人の個性というわけでも何でもない。それくらい社会現象だった。
 ハリー・ポッターシリーズはすでに最終巻『死の秘宝』で完結しているが、完結から10年経った今でも展開は止まっていない。映画ではファンタスティックビーストシリーズがスピンオフとして続いているし、続編である「呪いの子」も世界で公演が行われ、また予定されている。
 今回訪れたハリー・ポッターと魔法の歴史」展もそうした展開の一つで、2017年にイギリス・大英図書館で開催された「Harry Potter: A History of Magic」の国際巡回展示となる。特定のトピックをテーマにした博物館展示が複数の博物館を巡回することはあるが、流石は世界のハリー・ポッター、巡回も国を超え長期間ということになる。
 これだけの規模の展示が神戸にやってくるんだから、私としては奇貨居くべし、行かなければならない。

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 そういうわけで行ってきました。

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天野忠幸『三好一族―戦国最初の「天下人」』(中公新書)の感想

 天野忠先生と言えば、このブログで三好氏について触れだしてから何度も何度も名前を出させていただいている三好氏研究の泰斗だが、意外なことにこれまで著書の感想を記事にしたことがなかった。『戦国期三好政権の研究』や『三好長慶』、『三好一族と織田信長』はブログを始めた頃にはやや旬を過ぎていたし、『室町幕府畿内近国の胎動』は感想を書こうと思いつつも、情報量をまとめきれずに記事としてボツってしまったのだった。しかし、今回中公新書で『三好一族』ということで、テーマも狭いし、何より布教にお手軽なのでこれは是非とも書かなくては!ということで今回はちゃんと書ける運びとなった。

 ところで天野忠幸氏の研究は三好氏研究、畿内戦国史研究を大きく切り開いたものの、その後天野説への修正・反論も多く見られている。具体的には、天野氏が過小評価する足利義輝への再評価(山田康弘、木下昌規、黒嶋敏)、三好権力の前提としての細川権力再評価(馬部隆弘)、「天下人」論への新規参入(村井祐樹)、四国戦国史の解像度の高まり(森脇崇文、山下知之、中平景介)などが挙げられる。もはや数年前であっても天野氏の研究成果はそのまま成り立たない部分も多く、新しい知見・反論をどの程度取り入れるのか、あるいは再反論するのか、という点は常に注目してきた(この点、先年の『室町幕府分裂と畿内近国の胎動』のバランスは後続研究の存在にも配慮するものになっていた)。
 また、一方で新しい研究成果がなかなか学界にも共有されない歯痒さもある。未だに三好三人衆を(三好長逸三好政康岩成友通)と書いてあったりするのが極地だが、このように研究によって正確な実名が更新されつつもそれを取り入れられていない記述は学術書であっても往々にして見られる。実のところ、畿内戦国史の研究成果は新書にはほとんど降りてきていないので、そうした意味でも天野氏が三好一族を題材に新書を出されるというのは、研究成果の一般への還元という意味で大きな画期をなす…というか、なしてほしい想いである。

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