小学生の頃に大河ドラマ『秀吉』を見て以来、豊臣秀長は気になる歴史上の人物であった。『秀吉』自体が堺屋太一『豊臣秀長』を原作の一つにしていることもあって、その中で秀長は秀吉の補佐役・理想の弟・ナンバーツーとして描かれた。当時は秀吉さえ知ったばかりだったと思うが、その秀吉にこういう自らを押し出さないタイプの有能な親族がいたことには、新鮮さがあった。そのため、今でも秀長の原イメージとしては理想の補佐役・ナンバーツーといった印象が強い。
しかし、年齢を長じるにつれ、だんだんと捻くれていき(?)本当にそうなのか?という思いが出てきた。そうして調べようとしたところが、意外なことに秀長に対する歴史研究というものは薄いように感じた。秀長について肯定的に述べているのは、(おそらく堺屋氏の著書や大河ドラマの影響を受けた)ビジネス書や通俗的な一般書ばかりで、実際はどうなったのか、これに対する分析をベースにしたものではないのであった。そうしたある種の当惑を書いたのが約6年前である。
この記事では「何が重要であったのか、真の役割は何か、今こそ一次史料に基づいた記述が求められている(=俺が読みたい)のである」と締めくくっていたが!6年の時を経て!ついにその記述が現れたのである!
昨年には2026年の大河ドラマが秀長を主人公とする『豊臣兄弟!』であることが発表され、俄に秀長の存在がクローズアップされた時分であった。戎光祥出版の判断は機を見るに敏というほかないが、「あとがき」を読むと企画は大河ドラマ発表前から動いていたというから驚きだ。ちなみに戎光祥出版からは論文集として昨年のうちにシリーズ・織豊大名の研究で『羽柴秀吉一門』『豊臣秀長』も出ており、重要論文や現在の研究水準を網羅していた。
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ただこれらは研究者において有用なものであって、一般層には取っ付きにくい。そうした中、図説シリーズで秀長!お値段も税別2000円というのだからリーズナブルだし、わかりやすさは折り紙付きだろう。ちなみに図説シリーズでは秀吉もすでに出ていておススメである。
そろそろ前置きが長いので内容に入っていくが、基本的には秀長の動向を年代順に追い、その中で家族関係や妻子・後継者・家臣団・城郭などにも触れていく構成になっている。図説シリーズの基本的構成でもあるが、史的秀長本人の基礎情報を確定させるという意味では有用な態度だろう。ただ、家臣団についてはどこかでまとめた章段は欲しかった(毛利家から音信を送られた重臣リストはあるがそれ以上踏み込んでいない)。令和7年7月現在の『豊臣兄弟!』キャスト発表でも秀長家臣で登場が明かされているのは藤堂高虎くらいで、秀長家臣団は重臣として桑山重晴・羽田正親・横浜一庵などがいるにも関わらず、彼らは影が薄い。ここは秀吉家臣団の差異なども含めて、出自などにも言えることがあるのなら切り込んでほしかった部分ではある。室町幕府における有力大名のいわゆる「同族連合体制」を思うと、秀吉と秀長で家臣団の人的構成が一見して異なるように見えるのは、やはり気になるところ。
全体的に本書から受ける秀長のイメージとしては「ミニ秀吉」という部分が大きい。有名な大友宗麟への饗応で頼もしさを見せたのもそうだが、毛利輝元の饗応の際にも従者すら置いてけぼりで単騎駆け付けたり、秀長にも「人たらし」のような部分が見られる。悪名高い「奈良借」もつまるところ、豊臣政権としての政策であったわけで、秀長の「個性」というわけではない。何より秀長が病がちになるまで秀吉と秀長はほぼ同じ経歴・戦歴を持っている。このように見ていくと、秀長は秀吉の足りない部分を補う理想的ナンバーツーと言うよりは、秀吉とほとんど同じ個性の持ち主だったのではないか。これは大河ドラマ『秀吉』の秀長を原イメージとする身からすると、かなり衝撃的だった。とは言え、言われてみれば行動を共にする兄弟というのは共通点も多いはずだ。そんな単純なことにも改めて気付かされた。
図説として見ると、秀長の文書写真を実際に見られたのが啓発的で良かった。秀吉の文書写真は見る機会が多かったが、秀長はなかなか出てこないのでそれだけでも新鮮だ。そこで驚いたのは秀長の最古文書、天正3年に「羽小一郎長」と署名する文書だ。何に驚いたかと言えば、現存最初の文書にも関わらず花押が巨大ということだ。花押の大きさというのは尊大さを表すもので、通常大名家臣で花押が巨大な例というのはあまりなく、大名に出世すると形が大きくなったり、線が太くなったりすることが多い。にも関わらず、秀長の花押は最初から大きい。実はこれは秀吉もそうで、幕臣相手に書止「恐惶謹言」、脇付「人々御中」の厚礼の書札礼の文書でも平気で花押はでっかく書いている。他の中世文書的にはあまり落ち着かないが、偉くないにも関わらず花押を大きく据えるという点でも秀吉・秀長は共通しているわけで、これもまた兄弟の「個性」なのかもしれない。
他にも大政所との関係や秀吉の後継者構想の中での秀長、京都や奈良のどこにいたかなどへの省察は著者の河内将芳先生ならではのもので興味深かった。大政所は秀長を頼りにしていたようだが、それは秀長夫人との関係の良さもあったのではないかというのは(本書においても)影が薄い秀長夫人の個性かもしれないし、鶴松誕生によってそれまで後継者候補だった秀長と秀吉の関係が崩れたのでないかという問題提起は秀次事件への布石としても重要だろう。秀長といえば奈良や郡山のイメージも大きかったが、意外と在京期間も長く、一か所に留まってはいなかった。いずれも秀長や豊臣政権を考えていく上で重要な指摘になっていくだろう。
豊臣秀長とは何が重要だったのか、真の役割は何か?補佐役・ナンバーツーと答えればいい時代は終わった*1と、本書によって自信を持ってそう言えるだろう。それでは何だったのかという答えはまだわからないが、今後それが解き明かされる中で本書は間違いなく起点になる成果の一つに違いない。最初にも述べたように、秀長は個人的にも思い入れがあるので、実像が明かされていくことを今後も期待していきたい。
