『ウマ娘』にハマってから1年以上経つが、基本的にはアプリをプレイしているのがメインの楽しみ方になっている。ただ、アプリを始めたのも配信から半年ほど経ってからで、ウマ娘のファンとしてはどうしても途中参加の形は拭えない。アニメはその頃すでに2期まで放送されていたが、美味しい部分を仄かに勘付きながら後追いすることになってしまい、もちろん楽しんではいたが自身で感じる「新鮮さ」がないのも確かだ。逆に、新しいウマ娘の登場や新展開は引け目を感じることはない。常に自分自身も最前線にいて、感想や感慨も一次的なものだ。基本的には他者の雑念が入ることはなく、どう感じたかを大事にしていける。
さて、こうしたメディア展開の中で一番大きいものはやはり映像化ということになるだろう。ウマ娘のアニメをリアルタイムで楽しむことは、過大に言えば「悲願」だった。そしてその機会がようやくやってきたのだ。それが『ウマ娘 プリティーダービー ROAD TO THE TOP』!TVシリーズとは別の括りとなり、YouTubeにて全4話が無料配信されるという形式。おお…何と太っ腹…。かくして私もようやくウマ娘のアニメを感じたまま享受できることになったのである。
とりあえず要素で語っていくのが語りやすいのでそうしてみる。
ウマ娘での登場が望まれつつも、なぜか出ていなかったナリタトップロードだったが、2022年1月にウマ娘化が明かされ、今回のアニメでは主役という、当初から出ていなかったのは何だったのかと思えるほどのフィーチャーされぶりとなった。ただ、その内実というのは本作までにそこまであったわけではない。初めてキャラクターとして動いたのはアドマイヤベガの育成シナリオとイベントストーリー「羽ばたきのRun-up!」での登場で、それ以降はサポートカードイベントに留まった。そういうわけでキャラクターへの本格的な肉付けは実に今作で初めてということになる。
ナリタトップロード。もちろん最後の菊花賞で勝つというのはあるが、なぜトップロードが主役なのかというのも注目すべき点の一つだ。その点について示唆的だったのは、トップロードの表情の豊かさ。レースでの真剣な表情や敗北して涙する表情以外にもオペラオーにちょっかいをかけられて驚いたり怒ったりする。シリアスもコミカルも可能な懐の深さ。最も感情移入できるのもさることながら、王道を貫くという位置、そしてそれがアドマイヤベガや周囲に影響を与えていく。本作ではその後負け続けてもトプロの真っ直ぐさが愛されていくという、競走馬ナリタトップロードの史実も示唆されていたが、まさにウマ娘もそれを体現する造形が出てきたと言える。もちろんこれだけでも主役にふさわしいが、これまでのウマ娘の主人公が自身の目標を達成していくタイプだったのに比べると、トップロードは視聴者が夢を投影するタイプの主人公に見え(一応菊花賞勝ったところで終わったとは言え、クラシックレースだけで本作の展開が終わってしまっているので)、改めてウマ娘というコンテンツの懐の深さを意識させられることになった。
テイエムオペラオーの心象は正直最初は良くなかった。こういう宝塚歌劇系のキャラは苦手で、芝居がかった立ち居振る舞いや自身を覇王と称するのはネタに振りすぎているように見えた。そんなイメージのオペラオーと本格的に邂逅したのは、アプリのイベントストーリー「瑞花繚乱!新春かるた合戦」。ここでイメージが一変した。もちろん芝居がかった言動はそのままだが、それはただネタなのではなく確かなカリスマがある。傍若無人に見えながら決して他者を貶めず、全体をよく見ることが出来る視野の広さに、自身の努力や限界を決して見せないひたむきさ。確かにオペラオーは覇王であった。しかもそこから調べて見ると、競走馬のオペラオーも最強馬論争に参画できるやべー馬じゃないか(ちなみにナリタトップロードを知ったのもこの流れ)。そういうわけで当初のイメージの悪さとは裏腹にすっかり気に入ってしまったのだった。
そんなオペラオーがいよいよ今回アニメでも主役の一人としてフィーチャーされた。当初の注目度はさほどでもなかったが、勝利を重ねて無理矢理皐月賞に出走し勝利するという鮮烈デビュー。その代償として足にハンデを負い、自身もプレッシャーを感じている。しかし本人はそんなことは億尾にも出さず、精神的に揺れるアドマイヤベガやナリタトップロードを感化していく。特に第4話でトプロに「悩んだり怖かったりすることはないのか?」と聞かれて「そんなことあるわけがないだろう」と即答したのにはしびれた。オペラオーにも悩みや恐れがあることは1話で描写されていたので、オペラオーのこの即答は嘘ということになる。しかし、オペラオーがこう答えることでトプロは自分のレースを見つめ直すことができたし、そのストレートな想いはアヤベさんを救っていく。今回のアニメは菊花賞までで終わるので、振り返ると皐月賞しか勝っていないオペラオーなのだが、菊花賞での赤目演出と合わせて十分に「覇王」をしていた。
アドマイヤベガもアプリプレイ当初は全くイメージがなく、ロード中の1コマでカレンチャンにベガを教えている目つきの悪い娘という認識しかなかった。初めてフィーチャーされたイベントストーリー「瑞花繚乱!新春かるた合戦」でもオペラオーたちと同世代で塩対応のようで意外と面倒見が良いということまでわかったが、ここでもそこまで刺さらなかった。一方で勝負服のデザインが好みのカッコよさだったのでそこが気になりだしたのもこの頃からだ。そして2022年2月に実装…70連でお迎えすることができた。その育成シナリオでようやくアドマイヤベガというウマ娘を十分に知ることになったのだが…。いや、今なおウマ娘のシナリオではトップクラスに重い!アヤベさん本人がストイックな上に、ケガを持っていくのに死を交えるのは本当に辛い。その完成度もさることながら、ツボだったのはアヤベさんとトレーナーとの関係だと思える。アヤベさんは基本的に塩対応でトレーナーとの間に色恋的な要素がないどころか、強い信頼に裏打ちされているわけでもない。また、トレーナーは、というかアヤベさん以外の他人はアヤベさんが抱える妹への後ろめたさをついぞ共有することはできない。アヤベ・トレーナー関係は真の意味で心を通じ合うことはない関係として造形されていると言える。だが、それだけにトレーナーらのアヤベさんへの献身と、それでアヤベさんが前向きになれるという少し心が通じるような瞬間は一際の輝きを放つと思っている。
前置きが長くなったが、そうしたアドマイヤベガがアニメでも本格的に登場するということでもう何がどう描かれるのか、いや描かれるだけでも価値が十二分にあるわけです。実際どうだったかと言うと、育成シナリオの辛い部分をダイジェスト的にトレーナー不在でトプロとの関係を軸に再編したといったところ。イマジナリー妹と話してたり、勝手に闇堕ちしていく様がファンにも知れ渡ることになり、前々からアヤベさんのそういう一面を知っていた身からすると、アヤベさんはただの布団乾燥機女じゃないんだよと後方トレーナー面をしていた。もちろんアプリに比べて端折られた部分もあったし、今回はトレーナーがいないのでアヤベさんを救うのはトプロの役回りになって趣がやや異なるのも否めない。それでもストイックなアヤベさんが妹の幻影に折り合いをつけて自分のため、ライバルと競い、走ることに価値を見出せるようになる流れはウマ娘アドマイヤベガの本当に肝なので、映像化はとても大きいしうれしかった…!ありがとうございます…ありがとうございます…!
ちなみにアヤベさんのトレーナーは担当のメンタルが大変なことになってたのにどこで何をしていたのか?というのも話題になった。この点に関してはアプリの育成シナリオでもそうだが、メインの担当ウマ娘以外のウマ娘のトレーナーを描写すると煩雑になりすぎるため、トレーナーの言動は基本的にそのウマ娘のそれに吸収されると考えている。つまり、トレーナーは本来いるのだが、トレーナーとウマ娘の言動を分割する意味もないので、ウマ娘の言動だけを描くことで、そこにトレーナーも含まれるという解釈である。これを適用するなら、本作のアヤベさんのトレーナーはアヤベさんと一緒にメンタル不調に陥ってしまったということになるだろう。まあアプリシナリオがSSRトレーナーなだけで、普通のトレーナーが情緒不安定なアヤベさんの傍にいたらそれに飲み込まれてしまうのもそれはそれで道理なのかもしれない。
- 沖田トレーナー
ナリタトップロードのトレーナー。トップロードとの関係は、ダービーに負けて心が折れたトプロを励ましたのはこの人で、逆に菊花賞に向けて走りを変えようとしたのをトプロがやっぱり自分の走りをしたいでトプロの走りの魅力はそっちだったよなと思い直す、そういう持ちつ持たれつの関係性が上手く表現できていたと思う。これまでのアニメではチーム制で1対1の関係ではなかったので。あとは個人的に土田大さんが声を演じているのもポイント。こういう渋いオッサンを演じてみたかったという感慨に対しては、まあ直近がハネジローだからな!と妙に納得してしまった。
- 楽曲について
ナリタトップロード、テイエムオペラオー、アドマイヤベガ、メイショウドトウにキャラソンが登場。オペラオーの「Forever gold」は「帝笑歌劇~讃えよ永久に~」に続いて2曲目。「帝笑歌劇」もウマ娘の初期キャラソンとしては変にラブソングにもなっておらず出来が良かったのに、さらにカッコいい歌が作られたのでズルい!トップロードの「ONCE MORE, I CAN」はカッコよく、ドトウの「ゼッタイトナリ…!」は少し抜けたところもあるキャラソンらしいキャラソンで、いずれも満足。
そしていよいよ来たアドマイヤベガのキャラソン「Like a Shooting Star」。アドマイヤベガのストイックさや妹との交信を盛る込みつつ、ちゃんと自分にも向き合えている立ち直った後の内容になっているのが素晴らしい。具体的には「あなたのため」に「私のため」が続いていたり、「悔しさも楽しさも全て本当の自分なのかな」といったところにすごくほっとする。アヤベさんはBGMも「あの子にもだれにも負けないから」「新月への誓い」「私のすべてをあなたに捧ぐ」と神秘的・幻想的かつ作中でも印象深くキャラクターを充実させる名曲がふんだんで、恵まれようが素晴らしい。
他には「勝利へのカウントダウン」「第66回日本ダービー」も好きな曲。特に後者は、PVでも流れていたことでお馴染みだがヒーローものの苦戦BGMかなと思えるほどの迫力がある。
主題歌の「Glorious Moment!」もこれが流れるのが全4話だけなのにこのクオリティは嘘だろと思えるレベルで、一度しかないクラシックレースで走るということ、ライバルと競うということを十二分に表現している。オペラオーの「I go my way 決めたよ、自分らしいスタイルで」からトプロの「それ以外の道知らなくていい」に続くのは菊花賞に向けてオペラオーの示唆を受けて自分の走りを貫くトプロを気持ちよく歌い上げている。逆にトプロの「手を伸ばせば届くなんて」からのオペラオーの「誰一人思ってはいない」もオペラオーが歌うからこそ価値がある一節だ。アヤベさんが「進むよ 迷いなんて振り切って」や「振り向かない」と前向きなパートを担当してるのも、キャラソンに続いてうれしいところ。
最終回のライブで流れた「イチバン星が駆ける空」は「Glorious Moment!」がクラシックレースに賭ける想いを歌い上げたのに対して、クラシックが終わってその後に賭ける想いを歌い上げている。結果的に本作では菊花賞の後に触れることはなく、あくまで要素として匂わせで終わったが、この歌自体がエピローグでもある。繰り返し歌われる「走り続けよう」とは、オペラオーにとっては覇王の道であり、アヤベさんにとっては怪我を克服し自分のために走る決意であり、トプロにとってはどれだけ負けようがあきらめないということを意味しているように思われるからだ。その点で3人は全員が「イチバン星」になれた、その結実のライブであり最後の歌としてこれ以上ふさわしいものはあるまい。
まとめ
個人的にウマ娘というコンテンツで注目していることは、競走馬を擬人化することで何を見せられるのかという部分。一例として気に入っている展開を挙げておくとアニメ1期では史実通り秋天でサイレンススズカが故障してしまうが、史実ではそのまま予後不良でスズカはこの世を去ったのに対し、アニメでは生存し復帰できるという改変がなされた。これは流石にコンテンツとしてスズカさんを死なせられないだろうという判断もあろうが、作中の異変を発生させたスズカにスペシャルウィークとトレーナーがすぐに駆け付け、応急処置を施すことができたというところに注目したい。実際には故障した競走馬を他の競走馬が助けることはない。騎手も競争中止はできるが治療できるわけではない。しかし、競走馬を人間にしてしまえば、同等の能力を持つ存在が即座に助けることができる。スズカさんが生き延びるという歴史改変は御都合主義という面も否定できないが、競走馬を擬人化することで描ける別の未来を体現するものと言える。
スズカさんの例はやや極端かもしれないが、競走馬が人語を発することで、夢を形として持つことで、トレーナーや他のウマ娘と交流することで、「史実」をなぞりつつそれに規定されきれない物語を紡いでいく。これこそがウマ娘の醍醐味だし、それができているシナリオほど熱く胸に響いてくるものがあると思っている。
また、ウマ娘の醍醐味としては、普段どれだけ仲良しでもレースでは勝者は一人しかいないので、友情を超えたエゴのぶつかり合いや感情の発露が見られるというのがある。一例を挙げると、日本ダービーでサクラチヨノオーがメジロアルダンを差し返したのも、両者とも相手がレースに賭ける想いを知りつつも妥協しないのを端的に表現していた。本作でもクラシック三冠を主役3人で分け合うため、勝利の表情と敗北の表情をふんだんに見ることができた。
そしてその中でオペラオーのカリスマとトップロードの素直さが溶け合ってアドマイヤベガの運命を変えていく。結果的に本作はオペラオーの世紀末覇王を示唆しつつ、アドマイヤベガはケガを回避するという、史実通りに行くのか行かないのか答えを出さないまま終わることになる。でもこれでいいと思う。ライバルと切磋琢磨する楽しさを知ったアヤベさんやいつまでも前を向くトップロードがいる限り、オペラオーがグランドスラムを達成したとしても、それはもう「史実」そのままではないからだ。そういう可能性を示しつつの幕引きはまさに「ウマ娘の未来のレース結果はまだ誰にもわからない」ものに他ならない。ある意味メディア展開としては一番ウマ娘らしく、そのエッセンスをギュッと見せられたのではないだろうか。
3人主役で全4話を無料配信という形式にも注目したい。ウマ娘はすでに絶対数が多く、一人一人に確かなファンがついていながら、メディア展開で取り上げられる数は限られているという状況にある。何とか一人でも多く輝ける場所をと思っているので、そういう場が出来たのは大きいだろう。今後展開が継続していくかはまだわからないが、01年代三冠分け合いトリオや新世代ダート3人娘などまとめてギュッと取り上げられそうな組み合わせはあるので生かしていってもらいたいところである。