平成仮面ライダー20作目『仮面ライダージオウ』の主人公・常盤ソウゴはぶっ飛んだキャラクター造型である。何とこの主人公、現代社会において「王様になりたい」という夢を持っているのだ。これは作中でも異様な性格として描かれ、第1話では高校の進路指導で「王様になりたい」ことを披露し、そのため大学受験もしない旨を保護者である大伯父・常盤順一郎からも半ば諦められている。一方でソウゴは「人々の幸せを実現できる王様になりたい」という考えも披露した。彼のキャラクターについては賛否両論であるが、とりあえずは見守っていきたいところである。
ここでいきなり『空想科学読本』的転回に突入するのだが、ソウゴのこの「王様になりたい」という夢は果たして現代において可能なのだろうか。『ジオウ』作中でも現状は非常識の象徴として描かれているこの夢であるが、本当に非常識なのか…ってこれは流石に無理があるか。ともあれ、実際に考えてみた(わりとマジメです)。
現代日本において「王様」になることは可能か
現代日本において「王様」というと天皇を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。ただし、現代日本の法制上は天皇を「王様」(=君主)とは積極的に認められていない。とは言え、現実の天皇は君主的権能を備えている、と多くの人は思っているのではないか*1。
そこで最初の命題である。常盤ソウゴは天皇になれるのだろうか?
この命題は日本国憲法といきなり抵触してしまう。以下のような条文があるからだ。
天皇の地位は世襲、すなわち血縁によって受け継がれる。常盤ソウゴの両親は未だ『ジオウ』作中に姿を見せていないので、実は天皇か皇族である可能性は全否定されないが、まあ普通に考えてあり得ない。将来的に皇室典範が改定されて、内親王殿下あるいは女王殿下の配偶者にも皇位継承の道が開ける可能性があるので、その時に玉の輿狙いで結婚できれば、天皇になれる可能性もまた開ける。しかし、以上の仮定でなれるのはせいぜい(皇位継承権を有する)皇族までである。ここからは徳川吉宗の強運のように*2、本来の皇位継承者が次々に亡くなられることを期待しなければならない*3。
以上の条件を奇跡的にクリアーし、ソウゴが天皇に即位したとしよう。ただし、憲法には以下の条文がある。
苦労して天皇になれたところで国政には関われない。これでは「人々の幸せを実現する!」と息巻いても具体的な方策を示すことすら出来ない。内閣の助言と承認を基に国事行為を行うのが天皇の基本的な仕事である。これを言ってしまってはお終いだが、社会正義を実現するのなら首相を目指した方が手っ取り早く、「王様」である天皇になれても出来ることは限られている。
政治団体を結成して世論を動かした上で憲法を改正し、皇位あるいは王位を世襲の地位ではなくしてしまい、また君主に統治権を付与する方法もないわけではない。しかし、現行の皇室や国民主権を廃してまで日本国民が君主制にこだわるのかは大いに疑問である。
ここまでは穏当、と言うか改憲や法律の制定など日本国民が合法的に行える範疇である。過激に行くと革命やクーデタを行い、現政府ごと変えてしまう方法もあり得る(当然現政府の基盤である現憲法は真っ先に停止される)。ただ、革命やクーデタは当然ながら超リスキーである。刑法には以下のような条文がある。
(内乱)
第七七条 国の統治機構を破壊し、又はその領土において国権を排除して権力を行使し、その他憲法の定める統治の基本秩序を壊乱することを目的として暴動をした者は、内乱の罪とし、次の区別に従って処断する。
一 首謀者は、死刑又は無期禁錮に処する。
二 謀議に参与し、又は群衆を指揮した者は無期又は三年以上の禁錮に処し、その他諸般の職務に従事した者は一年以上十年以下の禁錮に処する。
三 付和随行し、その他単に暴動に参加した者は、三年以下の禁錮に処する。
2 前項の罪の未遂は、罰する。ただし、同項第三号に規定する者については、この限りでない。
(予備及び陰謀)
第七八条 内乱の予備又は陰謀をした者は、一年以上十年以下の禁錮に処する。
(内乱等幇助)
第七九条 兵器、資金若しくは食糧を供給し、又はその他の行為により、前二条の罪を幇助した者は、七年以下の禁錮に処する。
要するに革命やクーデタを首謀すると「死刑」、やや軽くても一生ブタ箱行き(「無期禁錮」)である。内乱を企てるだけでも禁錮1年以上である。当然と言えば当然だが、とてつもない重罪である。
さらに破壊活動防止法という法律もある。「暴力主義的破壊活動」を規制するための法律である。もちろん「暴力主義的破壊活動」には内乱罪も含まれている。長いので条文は省略してしまうが、「暴力主義的破壊活動」を行った団体に対し、公安審査委員会は活動の規制、あるいは解散命令を出すことが出来る。ただし、破壊活動を行う団体が命令に従うとは限らない。そこで日本政府は警察力を動員することになるが、それでもダメだとどうなるのか。自衛隊法に以下の条文がある。
(命令による治安出動)
第七十八条 内閣総理大臣は、間接侵略その他の緊急事態に際して、一般の警察力をもつては、治安を維持することができないと認められる場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。
『シン・ゴジラ』でも出てきた条文なのでそこそこ知られているのではないだろうか。要するに、警察では対処できない「その他の緊急事態」には自衛隊が出動することになる。一民間人であるソウゴが自分が「王様」になるための革命を目的に反乱を起こせば、日本政府が誇る公安審、警察、自衛隊が立ちはだかるわけである。このように考えていくと、国家の力はあまりにも大きく、全国民の何割にも満たない私人が立ち向かうのは土台無理である。
現代世界において「王様」になることは可能か
どうも現代日本において「王様」になるのはとんでもなくハードルが高い。しかし、別にソウゴは「日本の」王様とは指定していなかった。どこか別の国で「王様」になることも可能なのではないか。
次の命題は、常盤ソウゴは世界のどこかで王様になれるのか?である。
日本というのは何だかんだだいぶ恵まれている国で、国のどこかで内戦が起きているとか政府の統治が行き届いていない地域があることもない。もし仮に反乱やテロが起きたとしても、大多数の日本国民はそのような事件に乗じてさらにテロを起こそうともしないだろう。よく統治し、よく統治されているわけである。
しかし、200ほどある世界の国家の全てがこのように恵まれているわけではない。シリアはずいぶん長く内戦しているし、ソマリアは長らく無政府状態が続き今も分断国家状態にある。このような地域でまともな統治政府を樹立し、行政を改善するのは基本的にはとても喜ばれることだと思われる*4。
それではソウゴはこのような地域に政府を樹立することで今度こそ「王様」になれるのだろうか。近現代、実際に文明化されていない国家・地域のカリスマとして君臨した指導者は多く存在する。トルコのケマル・アタテュルクやユーゴスラヴィアのティトーなどが典型であろう。しかし、彼らの役職はせいぜいが「大統領」であり、「王様」となり子孫に地位を伝えた者はいない(もちろんその親族が政府首脳となる例はあるが、血縁のみが決め手になっているのは北朝鮮くらいである)。
なお、少ない例外としては1976年に成立した中央アフリカ帝国がある。中央アフリカ共和国の軍参謀であったボカサはクーデタによって大統領に就任し、1976年には国号を帝国とすることを宣言したのである。帝政開始は世界各国から白眼視されたが、当時「皇帝」(Emperor)を称する君主は世界に日本の天皇とイランのシャーのみで、昭和天皇は即位式に祝電を送ったという逸話がある*5。しかし、ボカサも結局は1979年にクーデタにより帝位を追われ、後継政権は国号を中央アフリカ共和国に戻した。帝政は実質2年しかもたなかった。
なぜ、近現代のカリスマ指導者は新しい王にならないのか、またはなろうとしても上手くいかないのか。それは近現代の国家、それも統治を成功させている模範的国家は市民社会を基盤に置いているからである。具体的に言うと立憲主義、人権主義、法治主義とそれによる国民の政治参加である。近代国家が何なのか定めている法規はないが、強いて言うなら国際連合憲章前文は以下のように述べる。
われら連合国の人民は、
われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、
基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念をあらためて確認し、
正義と条約その他の国際法の源泉から生ずる義務の尊重とを維持することができる条件を確立し、
一層大きな自由の中で社会的進歩と生活水準の向上とを促進すること
並びに、このために、
寛容を実行し、且つ、善良な隣人として互いに平和に生活し、
国際の平和及び安全を維持するためにわれらの力を合わせ、
共同の利益の場合を除く外は武力を用いないことを原則の受諾と方法の設定によって確保し、
すべての人民の経済的及び社会的発達を促進するために国際機構を用いることを決意して
、 これらの目的を達成するために、われらの努力を結集することに決定した。
読み飛ばした方が多いのではないかと思う。何を言っているのか。要するに「人権と平和は大事だから社会を進歩させていこうぜ、そのための組織を作りました」ということです。これは国連の説明だが、ほぼ全ての現在存在する国家は国際連合に加盟している(加盟していなくても何らかの積極的関係を保持している)ので、この前文を受け入れているとも言えるだろう。国連加盟国家は、(そうではない国家もいるが、)建前としては人権の尊重と世界平和の実現とそのための社会変革に賛同しているのだ。
このような風潮の中では、仮にクーデタなどの非合法手段などで政権を奪取、あるいは新国家を樹立してもその指導者が君主制を採用することはない。君主制は君主とその一族に特権を付与し、それに伴う義務に縛り付けるため、人権の平等性に反する。これが許されるのは歴史や伝統の裏付けがある場合に限られるのだ。近代化後に王政復古を行った国家としてはスペインとカンボジアがあるが、両国とも新王家が成立したわけではなく、旧王家を再び推戴するものだったのである。
まとめよう。常盤ソウゴが内戦の続く発展途上国に向かい、めでたく新政府を樹立しても「王様」を称することは世界的な理解を得ることは難しい。新しい君主制の樹立は近代国家の理想に反するからである(中央アフリカ帝国が白眼視された理由もここにある)。何せ実質的に元首が世襲制な北朝鮮ですら名目的には君主制を採用していないのだから。せいぜい他のカリスマ指導者と同じく「大統領」となるのが関の山であろう。
幸せを実現できる「王様」に未来はあるのか
ただ、これまで述べてきたのは「王様」になるのは無茶苦茶ハードルが高いということでしかない。可能か不可能かの二択で言うなら「王様」になれる可能性はゼロではないのだ*6。将来魔王となることが予告されるソウゴであるならば、仮面ライダーの力を用いて自衛隊を撃破し日本政府を乗っ取れるかもしれないし、さらにスケールをデカくして国連中心の秩序に物申し、あるいは世界征服だって出来るかもしれない。ソウゴがめでたく「王様」になり、幸いにして彼に統治の才能があり、統治権を行使することで人々の幸せが実現できたとしよう。
最後の命題を述べよう。統治権の才のある「王様」がいることは幸せに繋がるのか?
短絡的に考えれば、才覚のある「王様」の存在は人々の幸せに繋がると考えられる。しかし、未来永劫幸せを実現できるのかは別問題である。人間には寿命があり、悲しいことにいずれはこの世界とおさらばしなければならない。オーマジオウが不老不死である可能性もあるが、基本的にはどこかで死ぬはずである*7。
どれだけ優れた「王様」であってもまず血縁による後継者を用意しなければならない。これが君主制の鉄則だ。
だがこれがなかなか難しい。後継者を一本化し他の候補者から後継者の資格を奪う方法があるが、これはその一本化された後継者が先に死ぬと一気に後継者争いに突入してしまう。また、唯一の後継者が唯一の後継者を作ることが出来る保障もない。世襲王位というのは融通を利かせないと案外脆いものだが、融通を利かせすぎると機能しなくなってしまう。
後継者を争いを防ぐ、あるいは優れた「王様」が死んでも人々の幸せが成り立つようにするには、結局「制度」を作るのが手っ取り早いということになる。だが「制度」による幸せを保障する運用が出来てしまえば「王様」などいらなくなってしまうジレンマがある*8。そもそも近代国家が法治主義と官僚の登用で成り立っているのも基本的には「制度」運用が社会幸福を最大化すると睨んでいるからだ(たぶん*9)。
ソウゴが有能な「王様」であったとしても、否、逆に有能であればあるほど死後の落差を防ぐための「制度」設計は不可欠である。しかし、こうなってしまっては世襲の王室がある意味がなくなってくる。ソウゴが王政にあくまで拘るのであれば、「伝統」以外の何らかの存在意義を設計しなければならないだろう。例えば、仮面ライダーに変身できるのはソウゴの血統に限るとか…、これくらいならありそうなのが怖いな…。
まとめ
- 日本の「王様」・天皇になったところで統治権を振るうことが出来ず、最低でも改憲がハードルとなる
- 新政府を樹立するためには、日本の国家権力を完全に倒さなければならない
- 世界のどこかの国で「指導者」になれる可能性を求めても「王様」を名乗るのは難しい
- 以上のハードルを乗り越え「王様」になったとしても「制度」設計を行う過程で「王様」は要らなくなる
いやー、これは「王様」になるのは「非常識」の一言ですな。『ジオウ』がどのように「王様になる夢」を描いていくのか、換言すればこの「現実」を跳ね返せるストーリーにいかに現実味を持たせられるのか、興味は尽きない。

- 出版社/メーカー: バンダイ(BANDAI)
- 発売日: 2018/09/01
- メディア: おもちゃ&ホビー
- この商品を含むブログ (1件) を見る

- 出版社/メーカー: バンダイ(BANDAI)
- 発売日: 2018/09/01
- メディア: おもちゃ&ホビー
- この商品を含むブログ (1件) を見る
![空想法律読本2[新装版] 空想法律読本2[新装版]](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/51rHCnuzfcL._SL160_.jpg)
- 作者: 盛田栄一,森田貴英,片岡朋行
- 出版社/メーカー: メディアファクトリー
- 発売日: 2012/10/19
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログを見る

- 作者: 盛田栄一,片岡朋行,高橋宏行
- 出版社/メーカー: メディアファクトリー
- 発売日: 2012/10/19
- メディア: 単行本
- 購入: 1人
- この商品を含むブログを見る
![空想法律読本1[新装版] 空想法律読本1[新装版]](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/51OoNWXW-ZL._SL160_.jpg)
- 作者: 盛田栄一,森田貴英,片岡朋行
- 出版社/メーカー: メディアファクトリー
- 発売日: 2012/10/19
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログを見る
*1:私はそう思っているけど、他の人もそう思っているのかどうか確信できない時にはぐらかす言い方である
*2:全然関係ないが、ふと「徳川吉宗」と打つだけでも仮面ライダーオーズとの共闘が想起されてしまうのが悲しい性である
*3:一応言っておくが、これは可能性の話をしているだけで私自身がそうであるべきだと思っているかどうかは別の話である。尾崎文相共和演説問題じゃないぞ
*4:実際には宗教の要素や他民族・他部族の人間が統治することへの反発はとても強いと思われ、そのような人たちから「同胞」と認められる信頼感を醸成しないことには始まらない
*5:その後1979年にはイラン革命が起こったため、「皇帝」と呼ばれる君主は日本の天皇だけになった
*6:科学者がよく使う言い回し
*7:タイムマジーンで時間移動すればいいんじゃね?と言っても時間移動すればそのぶん寿命が延びるわけではないので「限界」があるのは同じことである
*8:Dilemmaは終わらない…走りつづけても
*9:逃げるな