『仮面ライダークウガ』は私にとって特別な作品だ。『カブタック』から視聴が始まった日曜日朝8時の放送時間―『ロボタック』『ロボコン』を経て初めてリアルタイムで見る仮面ライダー…。そう、平成4年生まれの私にとって仮面ライダーを見るのは初めてだった。もちろんRXやZO、Jなども存在は知っていたが、ヒーロー図鑑の中だけの存在で、距離感としてはエクシードラフトやジャンパーソン、ダイレンジャーあたりと変わることのない、ちょっと前のヒーローの一人にすぎない。そうした「昔のヒーロー」が現在のものとして体感できる高揚感。そして実際に『クウガ』を見て度肝を抜かれた。子供番組らしからぬリアリティにあふれた設定!ドラマ!仮面ライダーとはかくも高尚で重厚なものか!『クウガ』を見るのはすぐにも人生の至上命題となり、寝坊して見過ごした時は憚らず泣き喚いた。とにもかくにも「おれはすごい物を見ているのだ」という感覚を持ったのは『クウガ』がたぶん初めてだと思う。
そういうわけで『クウガ』は私の人生に深い爪痕を遺していった。その一方で『クウガ』終了後の『クウガ』熱というものは行き先を失っていた。『アギト』は『クウガ』の続編として視聴していたが、それは初期世界観・設定レベルに過ぎなかったため『クウガ』要素が積極的に拾われることはなかった。『クウガ』は映画企画もあったようだが実現しなかった。『ディケイド』を機に歴代ライダーが現行作品に登場することになったが『クウガ』は特殊な扱いで、『ディケイド』ではサブレギュラーながらユウスケはあくまでリイマジの別人であるし、『ジオウ』では『クウガ』からはオリキャスが1人も出ないままだった。配慮と言えば配慮だし不遇と言えば不遇とも言える微妙な扱いだ。漫画版クウガも始まったが、中身は別物なので食指は動かなかった。
ならばイベントなどのファンサービスはどうかと言うと『クウガ』はこれも渋い。立役者の高寺Pは東映から去ってしまったし、主演のオダギリジョーは活躍を続け『クウガ』に触れる機会はなくなっていった*1。スタッフやキャストで盛り上がりを作るということもなかったのだ。しかし、皮肉と言うか、『クウガ』はこのようなある種の腫物に触れるような扱いが続けられることで神格化されていった面もある。『クウガ』を扱うのであれば、そんな軽く扱ってはならない、と。
そしてとうとう『クウガ』は25周年を迎え「超クウガ展」という、大規模展覧会が開かれることになった。正しく満を持して、と言うべきだろう。図録の高寺Pとオダジョーの対談でも、オダジョーが「また〇周年?」「1ファンとしてはうれしいかもしれないけど、年々記憶もなくなっていって最後は単なる客寄せパンダとして祭り上げられるようになるのは複雑じゃないか」というのもまさに正論で、だからこそ「コンセプトが大切」「クリエイティブな話をしたい」と語っていて…もう「超クウガ展」の意義はこれに尽きるんじゃないか。『クウガ』を扱うからにはファンイベントではなく、新しいことを伝える場である―その境目にあるからこそ「超クウガ展」はぎりぎり成り立つ。主演からこれを聞けただけでも「理解ってんじゃねえか…」ってなるから強い。
前置きはここまでにして実際の「超クウガ展」はどうだったのか。

会場入りするといきなり主題歌「仮面ライダークウガ!」とともにリント文字が!図録によると要するに「汝『クウガ』25周年を祝い、製作事情を知ってさらなる力を手に入れよ」ということが書いてある模様。番組の開始オマージュでもあるわけで全身が否応なくクウガモードにさせられる。

次の空間に行くとトライチェイサーライドのクウガマイティがいる。ここでは音声ガイドの一部っぽい音声も流れており、オダジョーが「来てしまいましたね」とか「好きですねえ」とかシニカル口調を披露してくれる。ちなみに音声ガイドは会場でQRコードを読み取れば90分間音声が聞ける方式だが、不肖、イヤホンを持ってきていなかったので全く聞けなかった…。なんてこったい。
次の空間は写真撮影禁止の『クウガ』誕生秘話的なもの。どうやって新番組・新仮面ライダーが立ち上がっていったかが、企画面・デザイン面などから明らかにされる。今だとクウガは平成ライダーの始祖として平成ライダーとしても成り立っているが、原デザイン案は様々な意味で昭和ライダーに縛られていたり、逆に平成ライダーでもない発想もあったりして、新しい物が生まれる前のカオスさをこれまでと体感できる。
さらに進むと1話~10話までの新フォーム登場シークエンスを再現する展示コーナーに移る。





くうぅ~カッコいい!そうそう『クウガ』ってこんな感じだったわ!と脳内もクウガモードにしてくるのと同時に、どう始まったか→序盤の流れでこの時点でだいぶ追体験も極まっている。
だいぶ暖まってきたところで今度はシナリオ編。どうやってお話が作られたかをスタッフのやり取りから再現していく。この頃は連絡にFAXを使ったり、「ゴメン書けねえわ!」が達筆で送られてきたりするのにある種の生々しさがある。良くも悪くも現在のコンプラ意識では無理だろうが、それが却ってスタッフ・キャストの自己犠牲的な熱を感じさせる。

そこを抜けると今度はグロンギゾーンへ突入!





着ぐるみ組は強豪グロンギたちが揃っていてかなり豪華。思えばこの展示組は『ディケイド』以降もあんま再登場で見ないメンツなので展示に耐える着ぐるみが残っていたということなのだろうか。まあゴウマ強化体なんて再登場が難しい割に印象的な一体でもあるのでこういう場で展示されるのにまさしくうってつけかもしれない。
会場ではバラのタトゥの女=ラ・バルバ・デの怪人体も展示されるとともに、グロンギのデザイン論や25年ぶりのバルバをどうデザインしたかなど、追憶と現在が同時進行する構成で面白かった。そうか…確かに植物のグロンギってバルバしかいないのか。あまり意識してなかっただけにその上でどうするかはまさしく現代的で興味深い…。しかし、こうも事情を知ってしまうと「じゃあ新規のバルバってどうだったの?」という感想が抜け落ちてしまってそこは我ながらもったいなかったかも(そうなるならそうだよなあ!が先立つと、自分の中のイメージとここは合ってたor違うかな~がぼやけてしまう)。

ここからは小休止的にゴウラムや玩具関係の開発話。ここまででも十分お腹いっぱいだったが…え?ええ??ここから全話振り返りが始まるんですか!ラーメンとステーキ食べて終わりだと思ってたらわんこそばが出てきた感覚だ…。もっともクウガは前後編で1エピソードなので振り返りも2話をまとめてあるのだが、それでも20話以上のエピソードに鈴村助監督(当時)のこぼれ話が付いてみると、知ってるエピソードでも見え方が変わってくる。いちいちそこへの感想も書き切れないが、中でも印象に残ったのは46話のガドルを撃破した後のアメイジングマイティのシーン。何と東映撮影所の隣がちょうど建て替えで更地になっていたところに火をつけた倒木を持ち込んで撮影していたという。そうじゃん…本物の雑木林で火を持ち込んだ撮影なんて普通はできない。雑木林での決闘後燃える戦場を撮るために辺りが暗いのを利用してそう錯覚させていたのだ。これは…間違いなく「特撮」だ。25年目にしてこれを知れた新鮮さ!


最終回については高寺Pとメインライターである荒川氏の対談が印象深い。『小説仮面ライダークウガ』でもそうだが、雄介を死なせるべきかという点についてのせめぎ合いは、理解はしていてもなかなか落ち着かないのだが、やはりスタッフ同士の言葉も重く、難しいものがある。しかし、雄介・クウガが25年を経てもなおまた我々の前に姿を現さない重みがここには確かにある。
…とか考えていたら、いきなり青空空間へと抜ける。実はここまでの展示は黒を基調にしてきたので一気に爽快感がある。「青空になる」も流れている。最初が「仮面ライダークウガ!」で始まったように超クウガ展というある種のドキュメンタリーもエンディングなのである。この創作への熱、クリエイティブな試行錯誤、重い感情…それらが青空になって終わる。確かにこれこそが『クウガ』だ。素晴らしい…素晴らしい空間だった。ありがとうございました!
というところで〆られたら綺麗だったが、賢者モードで気になったことをいくつか。
- 創作秘話がふんだんだった一方で音楽関係の話はほぼなかった。『クウガ』といえばやはり佐橋BGMが雰囲気を盛り上げていたことは間違いないのでここも触れてほしかった。
- どうしても「仮面ライダー・東映特撮の中の『クウガ』」に留まってしまうきらいがある。例えば、『クウガ』どころか「新仮面ライダー」状態でのデザイン案では世界各国をモチーフにしたフォームチェンジ案も存在していて、これは同時代的に言えばGガンダムとかドラえもんズとかの風潮とは無関係ではないと思うが、そうした面は触れられていない。同様に『クウガ』の雰囲気には平成ガメラやウルトラマンの平成三部作も無関係であるはずがないが、そうした同時代的影響もほぼノータッチ。やっぱり他社さんの名前は出せないからですかね?(一部のスタッフはお構いなしに昭和ウルトラの話題出してたけど…)


正直お財布的には苦しいのだが、まあこんな機会そうそうあるわけじゃないからな!と図録もバトル写真集も購入。キリがないランダム系はスルーし、ポレポレ用品も買ったところで使うアテもなさそうなので湯呑とスプーンのみ、後は普段使い用にネクタイ、まあこんなところかな。写真には撮っていないがバッグも買ったので優に3万円を超えたらしい…見なかったことにしよう…(大事に使わないと)。


コラボカフェにも行ってきましたが、料理としては…まあ、普通だな!もちろんメンチカツはアツアツだし美味しいんだけど1980円と考えるとコラボメニュー的に見てもだいぶ割高な気はする。ティラミスは量がすごく2人で半分こして丁度良かったのでそもそもシェア用かもしれない。昼の食費で3000円も使うとかブルジョアか?
そんなこんなで『クウガ』ファンとしてはまさに本放送以来の至福の時間だった…!会場にい続けるのも限界があったとはいえ、こっちには図録もある!展示にない対談とかオダギリジョーの各話感想メモもある!*2実際のところ、厳密な意味での『クウガ』25周年はもう終わるのだが、これだけあればもう35周年まで持たせられる充実感がある。また、『クウガ』に会いたい…その思いを胸に冒険を続けていきたい!