戎光祥出版では『室町幕府将軍列伝』、『室町・戦国天皇列伝』と過去に列伝本が2冊上梓されていた(他にもマンガで読むシリーズで信長家臣列伝、徳川家臣列伝もある)。もっとも将軍や天皇であれば、過去にも似たような本はあった(近年では『室町幕府全将軍・管領列伝』なる一見すると上位互換本みたいなものもある)。将軍や天皇は日本史上メジャーな存在で、そもそもネームバリューがあり、これらを一定の基準で集成した本というのは発想としては特段珍しくはない。
これに比べると、戎光祥出版からの列伝シリーズ第3弾が南北朝武将列伝なことは非凡な試みと言える。南北朝時代は近年人気や露出が上がっているものの日本史の中で大人気な時代ではない。一般知名度で言えば、後醍醐天皇に足利尊氏、楠木正成は一線級だろうが、天皇と将軍、一部の執事・管領クラス以外はほぼ絶望的ではなかろうか。しかし、こうした点に「列伝」であることのミソがあるとも言える。食玩のブラインド商法やガチャではないが、特定個人だけにフィーチャーしてしまうと人気差が現れてしまうが、ランダムあるいはいっしょくたにしてしまえば、とてもピンでは売り物にならないものを上手に混ぜることが出来る。南北朝時代は人気があるわけではないと書いたが、近年の動向としてこの時代を扱った書籍は少なくなく、「室町ブーム」の一端を支える需要は存在する。南北朝の武将を列伝形式で出すことには、この本が初心者向けにも中級者向けにも上級者向けにもなれるという強い意義付けがある。
それを裏付けるように取り上げられる武将は50人以上に及ぶ。これまでの本でも名前はチラッと見たが、どのような人物なのかよく知らないという人物や、知っていたと思っていたが研究の成果により人物像が変わっていた人物などが目白押しであり、どのように読んでも新鮮な筆致が揃っている。感想ついでに紐解いていくことにしたい。
- 第一部 東国武将編
- 足利基氏―東国の安定に尽くした初代鎌倉公方(杉山一弥)
- 高師冬―常陸攻略で活躍した関東執事(杉山一弥)
- 畠山国清―伊豆に散った薩埵山体制の功労者(杉山一弥)
- 上杉憲顕―上杉一族繁栄の礎を築いた重鎮(駒見敬祐)
- 岩松直国―尊氏と直義の間で揺れ動く新田一族(駒見敬祐)
- 河越直重―平一揆を束ねる武蔵武士の名門(駒見敬祐)
- 足利氏満―鎌倉府の勢力拡大に成功した二代公方(石橋一展)
- 宇都宮氏綱―初期の鎌倉府を支えた「薩埵山体制」の柱石(石橋一展)
- 小山義政―鎌倉府と対峙し続けた不屈の闘将(石橋一展)
- 吉良貞義・満義・貞家―尊氏に蹶起を促した一門の長老(谷口雄太)
- 小笠原貞宗・政長・長基―内乱に翻弄された信濃守護家(花岡康隆)
- 桃井直常―一貫して忠誠を尽くした熱烈な直義党(亀田俊和)
- 土岐頼遠―猛将のたった一度の過ち(木下聡)
- 土岐頼康―美濃・尾張・伊勢を押さえる東海の雄(木下聡)
- 第二部 西国武将編
- 足利尊氏―室町幕府を樹立した南北朝時代の覇者(亀田俊和)
- 足利直義―兄との対決に惑う幕府軍総司令官(田中誠)
- 足利直冬―必然ではなかった父尊氏との対決(花田卓司)
- 足利義詮―幕府を軌道に乗せた二代将軍(田中誠)
- 高師直―権勢無双を極めた初代幕府執事(山田敏恭)
- 高師泰―兄師直に劣らぬ軍事的才覚(山田敏恭)
- 石橋和義―栄光と挫折を一身に味わった一門の名門(谷口雄太)
- 斯波高経・義将―室町幕府重職・三管領家筆頭への道(谷口雄太)
- 六角氏頼―近江守護の礎を築いた佐々木氏惣領(新谷和之)
- 京極道誉―尊氏・義詮の信任厚い〝バサラ大名〟(新谷和之)
- 仁木頼章―尊氏を補佐し責務を全うした執事(亀田俊和)
- 仁木義長―〝勇士〟と称えられた歴戦の猛将(亀田俊和)
- 細川和氏・頼春―管領・守護家につながる細川氏嫡流(川口成人)
- 細川顕氏・直俊・定禅・皇海―細川氏の繁栄を象徴する四兄弟(川口成人)
- 細川清氏―初期幕府屈指の叩き上げの武闘派(亀田俊和)
- 細川頼之―義満を支え細川氏繁栄の礎を築いた管領(川口成人)
- 赤松円心・則祐―室町幕府樹立最大の功労者(花田卓司)
- 山名時氏・師義―大勢力を築いた中国地方の重鎮(伊藤大貴)
- 武田信武―尊氏に忠義を尽くした武田家中興の祖(花田卓司)
- 大内義弘―幕府体制の安定化に貢献した西国の雄(松井直人)
- 一色範氏・直氏―九州統治を担った鎮西管領(小澤尚平)
- 少弐頼尚・冬資―征西府と対峙する九州北部幕府方の中心(小澤尚平)
- 今川了俊―強硬姿勢で九州制圧を進めた鎮西探題(新名一仁)
- 畠山直顕―国大将と守護をつとめた日向攻略の責任者(新名一仁)
- 島津貞久・氏久―三ヶ国守護を保持する南九州の重鎮(新名一仁)
- 今後の「列伝」への期待